Agenda de tous les jours

残すためではなく気づくため。自身の省察のためのブログです。

働き方改革ねぇ…

今日は月一回やってくる体調悪いWeekの真っ只中のため、近所の図書館で研究を進めようと思ったら、月曜日で休館だったので、近所のスタバでパコパコとデータの打ち込み作業。
疲れてきてふと窓の外を見ると、木枯らしが吹き荒れていて、いよいよ東京も冬の到来だろうか。
そういえば、今日から自分の住む江東区では、来年度の認可保育園の入園申込が開始となる。
区報や区のHPを見ると、大規模園が1つと小規模園がちょこちょこ、増えてはいるようだ。
やっぱり待機児童問題については、メディアが取り上げ、かつ政治的イシューになり続けること、子どもを保育園に入れられず仕事復帰ができない親たちの声は継続的で体系的な運動になりにくいこと、この二つは実感するところだ。
実際自分も、このように気に留めてはいるものの、一度保育園に子どもを入れられてしまうと、日々の育児と仕事に追われて当事者意識は薄まっていっている。
でも上の子のクラスには、上の子は入れていても生まれた下の子を入園させられずいつも抱っこして送り迎えしているお母さんが知る限り二人はいるので、0歳児クラス6名という狭き門を突破して兄弟同時入園を果たした自分は恵まれていると感じる。
運やタイミング、通勤の問題などもあって、なかなか全てを希望通りにいかせるのは難しいけれど、待機児童問題は一つに人口集中問題でもあると思うので、思い切って子育て環境をリセットさせるのも、引っ越すのは大変だけど、結果的にはよかったのかな、と経験上思う。
最近、『コウノドリ』というドラマを見ていて、毎回涙なしには見れないのだけれど、前回は産後鬱の問題を扱っていた。
ドラマの中では、心室中隔欠損という心臓の病気をもつ乳児を出産したお母さんが、子育てと仕事復帰に悩み苦しみ、自死を選択しようとするものの一人の医師に助けられる、という様子が描かれていた。
子どもの保育園を探して仕事復帰を急いでいたのに、任されていたはずのプロジェクトが同期の他の社員に任されることになったと聞き、ショックを受け、泣き続ける赤ちゃんに向かって「泣きたいのはこっちだよ。駄目なお母さんって言いたいの?」と追い込まれていく姿はとってもリアルだった。
初めての子育ては、寝れないから肉体的にもきついし、そこから精神的にも参ってくる。
特に産後はホルモンバランスが崩れているから、普段はなんともないことでもうわーって泣いちゃったりする。
そこに仕事復帰の不安があると、なかなか目の前の子どもに集中できなかったり…。
キャリアがあって、ついつい完璧を追い求め頑張ってしまうお母さんほど、うまく手を抜けなかったり、強い責任感によって他人の助けを借りたり甘えたりできない。
たいていのお母さんは当たり前に子どもを産んで楽しく子どもを育て、時期が来れば戻れる仕事があるように見えるから、その「当たり前」となかなかそうもいかない現実との狭間で苦しんでいる人はいっぱいいると思う(実際、自分はそうだった)。
そしてそういう状況をわかってあげられる旦那さんや親など、周りのサポート体制も大事。
産後鬱の問題は、一方で男性の働き方の問題でもあると改めて思った。
最近、耳にした言葉で、「現在進められている働き方改革は、経営者側の『働かせ改革』であって、確かに違法な残業などは見直していく必要があるのかもしれないけれど、実際には働く側の改革になっていない」というのがある。
「確かに」と思った。
独身でバリバリ働きたい人、仕事より趣味の時間を優先させたい人、育児や介護で私生活と仕事を両立させたい人、それぞれの事情に合った仕事の仕方が選択でき、ある程度生活に困らない報酬が受け取れないと、働き方改革につながらないだろう。
景気が上向かない中、格差を固定化させないような方向で働き方改革を進めるにはどうしたものか…。
今の自分の場合はフリーランスのようなものなので、うまく時間を使うことで研究を進められているけれど、実際、子育てをしていることで誰かに迷惑をかけてしまうような仕事環境は嫌だな〜…と思う。
最近、上の子が、お父さんとお母さんのお仕事に興味を持ち出しているけれど、(自分から見て)「ブラック企業」に勤める旦那の仕事も、執念と根性と忍耐力があってなんとか続けられている自分の仕事も、残念ながら自分の子ども達にはお勧めできない。
子どもには、「ちゃんとお休みがもらえるお仕事がいいよ」なんて話している(笑)。
子ども達が大人になって働く頃にはこんな状況はどう変わっているのだろうか…。