Agenda de tous les jours

残すためではなく気づくため。自身の省察のためのブログです。

青い空、もっと欲しいな夏休み

今年度も7月末で前期の授業が終了し、3日間の夏祭りを堪能して、いざ!採点業務。

ところが今年度も「授業出てたよね!?」の学生にかぎってレポートが出されていない。

ドライにばっさり落とせば済むことではあるが、再履修はお互いやりづらいので、できれば落とさないで欲しい。

というわけで、レポート未提出者には個別に連絡を入れた。

これで出て来なかったらそういうことだ(落単の意志あり)。

成績処理は8/17まで。

それが無事終われば束の間の研究タイム。

今年度は母校の大学で学会の大会があるため、なんとなく自由研究発表したいな…の気分。

とはいえ、まだ先行研究読んだくらいで、研究の中身についてはこれからの状態。

こんなんでアプライしちゃっていいのかな…とは思うけれど、タイムリミットがある方が燃えるたちなので、頑張ってみようかな。

また後期は授業が前期の比じゃないくらい増えるので、早めに準備をしておく必要がありそう。

そんなこんなであっという間に夏休み終わっちゃうんだろうな…

あと1か月長ければいいのにな…

とにかく体調崩さず、時間を無駄にせず、有限タイムを満喫しようじゃないか。

1年間の変化と学び

なんだか突如、「よし、今日はブログを更新するぞ!」と思い立った。

大体そういう日はやらなければならない事が一段落して次の締め切りまで余裕があるとき。

もう1年くらい更新していないのでは、、と思いきや、余裕がない中でもいろいろ備忘を残していて、読み返しながら過去の自分と対面した(こういう気づきもあるんだな…)。

さて、来月で着任して1年が経とうとしているので、今回はこの1年間を振り返りつつ、最近考えている大学教育の目的とやらについて記したいと思う。

まず、この1年は生活も環境もがらっと変わって、とにかく変化と学びの多い1年だったと言っていいだろう。

研究室や研究環境が変わった、朝子どもたちより早く出ていかなければならない日が多くなった、コロナ禍以降継続してきたトレーニング時間が取れなくなった代わりによく歩くようになった。

人間関係も初めましてばかりの1年だったけれど、意外と苦労しなかったので、周りに感謝しつつ、自分に対しても少し自信になった。

何よりいろんな学生とのコミュニケーションが楽しい1年だったのは何より。

大学の授業はというと、前期は余裕のあるコマ数(6コマの内、講義は3コマ)だったけれど、後期は結構いっぱいいっぱいだった(9コマの内、講義は6コマ)。

学生の雰囲気や学習状況などを把握しながらの授業づくりで、学生の声を聴きながら適宜授業を改善していけたけれど、まだまだ来年度に向けて工夫が必要だと思った。

特に学生間の意欲の差や理解力の差がかなりある中で、これまでのように、自分の授業を選んで取ってくれている学生ばかりではなく、とらなきゃいけないから仕方なく受けている学生もいることへの対応は、1年間を通して考えなければならないことが多かったように思う。

基本的に大学教育は義務教育ではないので自己責任といえば自己責任。

だけどこの「大学ほぼ全入時代」に、大学教育の在り方や目的は今一度見つめ直す必要があるのは間違いない(全入時代とはいっても「条件がそろえば」だけど)。

このたび入職したのは教職課程なので、幼保、小、中、高の免許を出す大学なわけだけど、学生に免許を取らせてあげられればそれでいいのか、というとそれは違うだろう。

大学院時代によく読んだハンナ・アーレントも言っていた、大学は自動車教習所に成り下がってはいけないのだ。

つまり大学は運転技術や車の乗り方を教えるところであってはならない。

大学はある意味、教育の最終段階であって、なおかつ社会へ送り出す出発点に位置する。

どのような学びを通してどのような力をつけ、どのような「人」を社会へ送り出すのかが問われている。

学生の中にある「知的好奇心」は昔も今も変わらないような気がする一方、自分の頭で考えようとせず、すぐにネットで調べようとする学生の姿を目にして、大学教員としてやらなければいけないことの多さとその責任の重大さは自覚的であるべき。

いよいよ新4年生への卒論指導も始まる中で、上記の「どのような学びを通してどのような力をつけ、どのような「人」を社会へ送り出すのか」を問い続けていきたい。

政治の貧困

この時期大学は授業がないので、大学の教員は比較的自由な時間を過ごせる。

4月に着任した大学は、出退勤の「ピっ」があるので、出勤しない日は何かしらの届け出が必要なところ。

大学教員の働き方として「なんか思ってたんと違う」とは思いつつ、他の教員と交流を深めていく中で、「これでもましになったほうだ」と聞き、自由は勝ち取っていくものだと痛感した。

それはさておき、、子ども達は学校が再開し、登校を見送った後の自由な時間があるのは束の間とは言えどいいなと思う。

子ども達が学校に行く時間の直後にちょうどNHKの朝ドラが始まるので、コーヒーを飲みながらの『虎に翼』が最近の楽しみな日課になっている。

今週は、「原爆裁判」という重たい内容の週ではあったけれど…

「原爆裁判」とは、終戦直前に広島と長崎に投下された原子爆弾の被害者が日本政府に賠償を求めた裁判。1955年4月に提訴され、1963年12月に判決が言い渡された。

9月6日(金)の本日の放送では、ラスト4分に裁判長が判決文を読み上げるシーンだったが、ここは実際の「原爆裁判」の判決文とほぼ同じものだったという。

この判決文で特にささったのは「政治の貧困」というワード。

結局「原爆裁判」の判決は、法的に原告の訴えを認めるのは難しく、国側の勝訴という内容ではあったが、立法府である国の責任を糾弾し、行政の存在意義を問うたものでもあったと思う。

他のサイトに判決文の全文が掲載されていたので、備忘として引用しておこう ↓

当時、広島市には、およそ33万人の一般市民が、長崎市には、およそ27万人の一般市民が住居を構えており、原子爆弾の投下が、仮に軍事目標のみをその攻撃対象としていたとしても、その破壊力から、無差別爆撃であることは明白であり、当時の国際法から見て、違法な戦闘行為である。

 では、損害を受けた個人が、国際法上、もしくは国内法上において、損害賠償請求権を有するであろうか。残念ながら、個人に国際法上の主体性が認められず、その権利が存在するとする根拠はない。

 人類始まって以来の、大規模かつ強力な破壊力を持つ原子爆弾の投下によって、被害を受けた国民に対して、心から同情の念を抱かない者はないであろう。

 戦争を廃止、もしくは最小限に制限し、それによる惨禍を最小限にとどめることは、人類共通の希望である。不幸にして戦争が発生した場合、被害を少なくし、国民を保護する必要があることは言うまでもない。国家は、自らの権限と自らの責任において開始した戦争により、国民の多くの人々を死に導き、障害を負わせ、不安な生活に追い込んだのである。

 原爆被害の甚大なことは、一般災害の比ではない。被告がこれに鑑み、十分な救済策をとるべきことは、他言を要しないであろう。しかしながらそれは、もはや裁判所の職責ではなく、立法府である国会、および行政府である内閣において、果たさなければならない職責である。それでこそ、訴訟当事者だけでなく、原爆被害者全般に対する救済策を講ずることができるのであって、そこに立法、および立法に基づく行政の存在理由がある。終戦後十数年を経て、高度の経済成長を遂げた我が国において、国家財政上、これが不可能であるとは到底考えられない。我々は本訴訟を見るにつけ、政治の貧困を嘆かずにはおられないのである。

 主文。原告らの請求を、棄却する。訴訟費用は、原告らの負担とする」(yahooニュース【全文】「虎に翼」原爆裁判 ラスト4分 判決文のみの異色描写「よねさんの涙」など続々トレンド入り反響(スポニチアネックス) - Yahoo!ニュース 最終閲覧日2024/09/06)

主文前の一段落は、今にも通じる問題である。

ドラマを観ながら現在のウクライナガザ地区に思いを馳せ、政治的指導者らの「政治の貧困」を嘆かずにはいられなかった。

このドラマを通して、男女不平等の問題や、両親の離婚に伴う子どもの問題、原爆被害者らの問題と、社会的弱者とはどのようにつくられ、そうした者に寄り添うとはどのようなことなのかについて考えさせられた。

日本政府の「政治の貧困」は言わずもがな、政治とは本来私たち主権者の活動でもあって、ドラマのヒロイン「寅子」がよく言うような、「苦しむ人が少しでも楽に暮らせる世の中」にするために自分には何ができるのか考えていかなければならないのだと思う。

あの美しくいつも凛としている「よねさん」が目に涙をにじませているのを見て、今日は朝からくらった。。

USBのデータを失った時にやること

今回は完全に備忘録。

ある日の昼下がり、非常勤先の大学に少々早めに到着し、ワンハンドでパンでも食べながら仕事でもしようかとパソコンを開き、いつものようにUSBを差し込むと、、

「このフォルダーは空です」の文字。

始めは何が起きたのか認識できず、もう一回パソコンを立ち上げ直して同じ作業を繰り返す。

それでも「このフォルダーは空です」と言わんとす。

さすがに焦ってきて、教員控室に設置されている別のパソコンを立ち上げ、USBを差し込んでみたけれど、データは見れず……

終わった。。

その時、ようやく事態を察知し、おもむろにスマホで原因とデータの復旧方法を検索した。

データの復元には時間がかかりそうだったので、とにかく、目の前の授業をどうするか考える。

USBに入っていたパワポのデータは諦め、大学の教学システムを通じて事前に学生に配布していたPDFのデータをダウンロードして授業はできそう。

授業中に見る予定だった動画もたまたまパソコンのデスクトップに保存しておいたのでセーフ。

これでなんとか授業は乗り切ったが、問題はデータを完全に復元することは可能なのかどうかだ。

参照したサイトはこちら⇒解決済み:USBメモリが「このフォルダが空です」と表示される (ubackup.com)

まず、なんらかの操作ミスで「隠しファイル」になってしまった可能性があるとのことで、参照サイトの記事通り、隠しファイルを表示させてみたがダメだった。

続いて、USBメモリが破損している可能性があるということで、Windowsの「ディスクチェック」機能を使用して、ファイルシステムのエラーをスキャンして修復してみたけれど、これまたダメ。。

最終的には、データ復元ソフトで復旧作業に乗り出した。

今回使ったのは、MyRecoverというソフトで、データ無制限のもの。

無料のソフトもあるけれど、復元できるデータ容量が少なくて、有料のProfessional版にアップグレードし解決を試みた。

一度復旧を図ってみたものの、復旧したデータが入る大容量のUSBを持ち合わせておらず、急いで128GBのUSBを家電量販店で購入し、データの入れ物を確保した。

ところが、MyRecoverというソフトでデータをスキャンし、いざ大容量の新たなUSBにデータを復元しようと思ったら、「USBにデータを納められるパーティションがない」との表示が……はて!?

というわけで、続いて参照したサイトはこちら⇒再フォーマットする場合:パーティションを作り直す場合 (iodata.jp)

上記のサイトにしたがって、USBのパーティションを作り直し、いよいよデータの復元へ!

復旧にはかなりの時間を要したが(GW丸々…)、なんとか データは見られる状態に。

このデータ達は名前を失ってしまったので、いちいち開いて確認し、名前を付け、フォルダーごとに仕分ける作業が待っていた。。

これはGW前の出来事。

これが普段の何気ない時に起こったとしたら恐ろしすぎて震える。。。_| ̄|○

夢広がる真夏

7月31日(火)に大学の前期授業がすべて終了し、特に大きな失態なく完走できてほっと胸をなでおろし、自分にお疲れ🍺!

8月に入り、「授業終わったらやらなきゃな、、」の事務作業を終わらせ、いよいよレポートの採点&成績付けがスタートした。

前期は初任ということもあってか、だいぶ余裕のある時間割だった。

すべての授業のトータルで出てきたレポート数は149本。

「あれっ、この人授業出てたけどレポート出さないってことは単位はいらない!?」という人が何人かいて気がかりではあるけれど、そういう人はこれからいわゆる「言い訳メール」が来るのであろうか。

採点が早く終えられれば終えられるほど夏休み&研究時間が増えるので、頑張れ自分!

ところが我が家の子ども達はとっくに夏休みで、下の小学2年生には基本学童に行ってもらい、上の小学5年生には学童か図書館か自宅で思い思いに過ごしてもらっているのだが、自分はというと、週1回の研修日以外は基本大学に行かなければならないので、子どもたちのお昼ご飯はお弁当ということになる。

大学の先生ってもっと自由だと思っていた(その点、非常勤はよかった)。

しかし「自由は自分で勝ち取るもの!」という処世術も先輩方からいろいろお酒の場で教わったのでw、あとは自分次第。

毎年夏は、夏季限定で5時起きの朝活に励んでいたのだけれど、今年は朝からお弁当作りにいそしむ毎日で朝の仕事時間が捻出できず。。

とはいっても、おかずは冷凍食品などを活用してそれなりに手を抜いているんだけどね。

レポートの採点&成績付けが終わったらやりたいこと・やらなきゃいけないことはというと、、

まずは8月末に学内締切がある科研費の申請書類の作成・提出。

1週間ちょっとしか時間が取れなさそうだけど、なんとか間に合わせる!

次はやりたいこと!ということで、叔父・叔母のいる長野へ帰省し、自然に癒され子ども達と思いっきり夏を満喫する!!

昨年の夏は長野から帰ったその日に発熱し、コロナに初感染という最悪の事態に見舞われたので、それを教訓に、今年は特に公共交通機関では油断しないよう気をつけて行ってきたい。

さらに、11月中旬に締め切りがある共著原稿にそろそろ取り掛かる!

せっかくお誘いいただいた共著なので、余裕を持って質を高められたらいいな、と思う。

あとやらねばなこととして、「生徒・進路指導論」にまつわる課程認定のための業績作り。

これは年末に締め切りがある大学の紀要への投稿を目指していて、今から少しずつネタを考えておこうというもの。

ここまで順調にいったら、春休みにフランスに行って入手してきた資料を読み込んで今年度中に論文にしたい。

夢は広がるばかり(ちっちゃめw)。。

他にも夏祭りに行って、冷たいビールを飲んで、とにかく健康に!楽しく!!

「あれやこれ 夢は広がる 夏休み」(凡人)

疾風怒濤の1か月

怒涛の4月が終わりを迎えようとしている。

2月のサプライズ採用から、慌ただしく3月が過ぎ、4月から新たな大学に着任してからというもの、目まぐるしくも刺激的な毎日だった。

4月1日からの一週目は、毎日のように自己紹介。

自分も初めましての同僚や学生さん達の顔と名前を覚えるのに必死だった。

4月8日からの二週目は、授業がスタート。

週に2回の1限(9:00-10-30)の授業に間に合うには、子ども達の登校時間よりも早く家を出なければならず、我が家にも新たなミッションが生まれた。

4月15日からの三週目は、非常勤の授業もスタートし、週5で大学に出勤するというまさにフルタイム勤務。

優雅な研究生活はとうに終わりを告げていたことを実感するとともに、どう研究時間を捻出したらよいのか…と苦悶した。

4月22日からの四週目は、、新生活に段々慣れてくるとともに、油断も生じ、25日の木曜日には飛び出してきた自転車と正面衝突し足を負傷したり、26日の金曜日にはUSBのデータが突如すべて消えたりと、ダブル不運に見舞われた。

そんなわけで、このGWは旅行や帰省の計画を立てなかった(というか、立てる余裕がなかった)。

まずは、これまでのデータをすべて失ったショックから立ち直るべく、データの復旧にいそしみ、うまく復元できたら少しでも仕事の貯金を作っておきたいと思う。

しかし、、家族の次に大事といっても過言ではないこれまでのデータファイルをこうもあっさり失うと、言葉にならないなと思った。

これまでの研究データや、授業資料、事務手続きのデータなど、すべてを一つのUSBに入れていたのも良くなかったと思うし、定期的にバックアップを取っていなかったことも反省すべき点。

いかに自分の仕事と生活がデジタルデータの上に成り立っているかということを実感させられた経験だった。

駆け抜けたこの1か月を振り返りつつ、GW中に疲れをとったら、次の1か月へわくわくしながら挑もうと思う。

パリ5日目

2月29日(木)、本日もパリは冷たい雨の一日。

今日はホテルの近くのショッピングモールに入っているパン屋POULでパンを買って、一日中BNFにこもって研究。

明日日本に戻る飛行機に乗るので、今日は最後の追い込みだ。

BNFでしかアクセスできない論文を、前回来た時にメモっておいたアクセス方法で検索するとサクサク見ることができた。

自分のUSBにダウンロードすることもでき、今回の渡仏でも大量のデータをゲットしたので、日本ではそれらを読む作業が待っている。

個人的には、データを見つけてどうやって研究として組み立てようか画策している時間が一番わくわくする。

そういうわけで、今日も夜まで頑張ってBNFに別れを告げた。

À plus tard !

Au revoir, rivière Seine.